ペリー探検隊

ペリー提督が「黒船」と呼ばれる軍艦を引き連れて来日し、当時の江戸幕府に日米和親条約締結を迫った事は広く知られています。この黒船来航が契機となって、3世紀続いた幕藩体制が終焉を迎え、欧米を範とした日本の近代化が明治政府によって押し進められることとなりました。このペリー艦隊が、沖縄(琉球王国)に長期滞在した事実はあまり知られていません(1853年、1854年)。泊港近くの墓地には、琉球国滞在時に亡くなった黒船の船員達が今も眠っています。

 

ペリー上陸の地碑(英語側)
ペリー上陸の地碑(日本語側)
今も沖縄に眠る黒船の船員
ペリー来琉百周年切手(琉球切手)

琉球滞在期間中に、ペリーは探検隊を編成して、沖縄本島の調査を行いました。随行したハイネによるスケッチが数多く残されています。探検中に採取された動植物および岩石は、米国に持ち帰られ、米国ハーバード大学、ニューヨーク植物園、スミソニアン研究所等の米国研究機関に収録保管されています。保管生物資料の中には、新種記載をした際の基準標本(タイプ標本)も含まれており、沖縄の動植物学を研究する上で今でも重要な学術標本となっています。

 

守礼門前のペリー(1853)
西原(にしはら)で野営するペリー探検隊(1853)
中城(なかぐすく)のペリー旗立岩 (1853)
中城城趾(なかぐすくじょうし)のペリー一行(1853)
ペリー探検隊は、首里城から琉球大学千原キャンパス近くのハンタ道を通って中城方面へ向かった

中城村観光協会

西原町立図書館町史だより(pdf)

内閣府 沖縄総合事務局 北部国道事務所

 

<参考文献>

企画展「琉球王国時代の植物と標本展」展示会実行委員会編集発行『琉球王国時代の植物標本〜ペリーの持ち帰った植物たち〜』、1998 年
小山鐡夫『黒船が持ち帰った植物たち』、1996 年、アボック出版
小山鐡夫・玉城朋彦編『沖縄大好き3、 No. 76「 ペリー提督の琉球植物標本」』、1998 年、琉球放送
中城村・北中城村文化財案内人サークル「グスクの会」ガイドブック編集委員会編『雅なグスク 世界遺産中城城跡』、2016 年、沖縄時事出版
ラブ・オーシュリ、上原正稔編『青い目が見た「大琉球」』、1987 年、ニライ社

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