沖縄と宇宙

アポロ11号のアームストロング船長、コリンズ司令船コロンビア号操縦士、オルドリン月面着陸船イーグル号操縦士 (1969)

1961年、米国のJ. F. ケネディ大統領は、人類を月に送り込む事を宣言しました。そこから、アポロ計画と名付けられた壮大な月への有人飛行プロジェクトが始まったのです。宣言から8年後の1969年7月20日、ついにアポロ11号によって人類初の歴史的偉業が達成されました。月に降り立った時のニール・アームストロング船長の言葉は非常に有名です。

 

これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍だ。
That’s one small step for [a] man, one giant leap for mankind.

Neil Armstrong (1969)

 

 

アームストロング船長が、沖縄(那覇)を訪れた記録が残っています。アポロ計画の準備実験プロジェクトであったジェミニ計画にアームストロングは参加していました。1966年の飛行では、アポロ計画を想定して、史上初となる2機の宇宙船を地球の軌道上でドッキングさせるテストが行われました。この時、アームストロングはジェミニ8号 (Gemini VIII) に乗り込んでいたのです。ドッキングテストで深刻な機器の故障が発生し、飛行を緊急中止せざるを得なくなりました。アームストロング船長の冷静な判断もあって、飛行士らは無事に地球に帰還することができました。このような緊急事態からの生還は他にアポロ13号の例があるだけです。当初は大西洋に着水することが予定されていましたが、最終的に沖縄東方の太平洋上に着水しました。この時の様子は、映画「First Man (2018)」で描かれています。

 

予定を変更して太平洋に着水したジェミニ8号(1966)

沖縄東方に着水したジェミニ8号のアームストロング、スコット両宇宙飛行士、午前9時15分那覇港に到着(1966)

琉球政府関係写真資料 069

船に回収されたアームストロング船長、デヴィッド・スコット飛行士は沖縄にむかうことになりました。両名は、1966年3月17日の朝9時に那覇港に到着しています。当時の記録と写真は、沖縄県公文書館に所蔵されているアーカイブで見えることができます(分類名 A2800、資料コード 0000108779、琉球政府関係写真資料 069)

沖縄県公文書館

 

沖縄には、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の沖縄宇宙通信所が恩納(おんな)村にあります。ここは、打ち上げられた人工衛星を追跡し、維持管理している施設です。沖縄宇宙通信所パラボラアンテナ施設内には、直径18メートルと10メートルのパラボラアンテナを有する追跡管制局2式が設置されています。山原(やんばる)の森の中で、日本の宇宙計画の勉強をすることができます。

沖縄宇宙通信所

 

日本の最南端の沖縄は、星空が違います。離島では満天の星を見ることができます。石垣島には、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 国立天文台の石垣島天文台があります。理学部は国立天文台と協定を結び、天文学の教育を推進しています。

石垣島天文台

 

H-II型ロケットは、日本の国産ロケットです。種子島宇宙センターから打ち上げられたロケットは沖縄宇宙通信所で追跡されていました。1999年11月15日に打ち上げられた8号機では、1段目のエンジンが故障したため、指令爆破を行うことになり、バラバラになった機体は太平洋に落下してしまいました。故障の原因を確かめるため、エンジンの回収が試みられました。この時に、日本の深海調査研究技術が活かされています。名護市にある国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の国際海洋環境情報センター(GODAC)では、ロケットエンジンの回収で威力を発揮した日本の深海探査技術と深海研究成果を学ぶことができます。

国際海洋環境情報センター(GODAC)

 

理学部では、「宇宙」や「深海」に関する研究や教育も行っています。

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